Gods kill us for their sport 
  



 背後を振り向こうとは思わなかった。
 振り返らずとも鏡に映る自身の後ろに見知った男の姿があった。
「ギュンター、何か用か?」
「何故ここにいる、とは訊かないんだな」
 微苦笑を浮かべながら男は低い声でそう応じた。漆黒の衣装を身に纏い、漆黒の長髪を背に流したその姿はフランツィスカでなくとも "der Tod" (死神)を連想しただろう。
「では訊いてやろう。何故この時間、お前がこの宮殿の私の部屋にいる?」
 フランツィスカの知る限りでは、彼は宮殿に参じてなどいないはずである。彼の領地は帝都から遠く離れた国境であり、領主である彼自身が宮殿をおとなうなど数年に一度のはず。
「お前が宮殿に登ったなど私はきいていないぞ」
 そこまで言うとフランツィスカはようやく鏡越しではなく直にギュンターの顔を見るべく体の向きをかえる。
「落ち着いているな、皇太子殿下妃。今この瞬間にこの部屋に入る者があれば姦通罪で処刑は免れないのでは?」
「案ぜずとも誰も来ない」
「それは僥倖。・・・最後の別れを告げに来た」
 男の台詞にフランツィスカは怪訝な顔をする。
「どういうことだ?」
「ハインツ派の謀反が露見した。連状には俺の名もある」
 その言葉は何を意味するのか。
 動悸がじわじわと高鳴っていくのとは対照的に全身が冷や水を浴びせかけられたかのように冷たくなっていく。手のひらに冷たい汗が浮かぶのを彼女は自覚していた。
「ブラウンシュバイクは廃され、俺は処刑される」
 その言葉を告げる時ですら男の顔には笑みが宿っている。
 凍りついたかのように身動ぎすらせず、言葉も発さないフランツィスカへとギュンターは近づいた。敷き詰められた絨毯は彼の足音を消し、暖炉の焔がはぜる音と衣擦れだけが部屋を支配する。
 ギュンターの伸ばされた腕が自身の体を包んだ時、やっとフランツィスカは言葉を発した。
「愚かな事を・・・」
「愚かではない。俺はお前を再びこの腕で抱くためならば、どんな事であろうとするさ」
「それが愚かだと言うのだ・・・っ」
「・・・・・・俺は隣国へ亡命する。上手くいってももう二度とお前に会えることはないだろう」
「・・・・・・」
「愛している。お前さえ傍にいたならば他に何も望まなかった」
 その言葉と同時に男の腕はフランツィスカの体から離れる。
「もう時間がない。最後に一度だけお前の唇から言ってくれ、愛していると」
「馬鹿な・・・、これで最後だと?これで最後とお前が言うのかっ?」
 本当に時間が無いのであろう、ギュンターはフランツィスカを見つめながらもゆっくりと扉へと近づいていく。その姿はこれは現実なのだとフランツィスカに再認識させた。
 嘘であってほしいと願う彼女を嘲笑うかのように時間は過ぎていく。
「お願いだ、言ってくれ。お前の言葉があれば俺は生きていける」
 遠のいた男の言葉はそれでもはっきりと彼女の耳に届いた。
「・・・・・・・・愛している。でもこれは最後の言葉ではない・・・っ」
 フランツィスカの言葉に満足したのか、ギュンターは深く笑むと扉の外へと姿を消した。



 その夜のことを夢ではなかったのかと疑うフランツィスカの許にブラウンシュバイク家の廃爵の知らせが届いたのは数日後のことであった。



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