眠りの森の魔王様 第一章 - 4
  



 のんびりとしかし身長に歩く2人の周りはすさまじいほどの妖気で満ちていた。一般人は勿論の事、ある一定以上に力がない聖士ですらも昏倒させられるほどすさまじい妖気だ。
 一応横目でフェルスの様子を確認する。
 やはりマリアと同じように何事もないかのように平然としている。これにはマリアも舌を巻いた。本当のところ、妖気の中心部まで行かないうちにフェルスが妖気に当てられるだろうと踏んでいたからだ。
「仕方ないか…」
 小さくそう呟いた。本当に微かかにだ。ほとんど無音に近い声でそう言ったにもかかわらず、フェルスはそれを聞いたようだった。
「何が仕方ないんだ?」
「こっちの事」
 内心驚きながらも、そう返す。
 先程、攻撃を全て避けきった事といい、今の事といい、この男はよほど身体能力が高いようだ。その上、聖士としても力もかなりのものだろう。数十年に一度の逸材だ。
 そんな事を考える。彼女もまた数十年に一度の逸材といわれた聖士の1人なのだが。
「右のヤツをお願いっ」
 思考の途中であったにもかかわらず、マリアの訓練された感覚は僅かな殺気を見逃さなかった。勿論、この様なところで思考にふけっている事が変なのだが。
 隣でフェルスが餓鬼をごく最小限の労力で鮮やかに仕留めたのを確認すると、自分も軽々と6体もの餓鬼を手早く片づける。
「ふ〜ん。出来るじゃない」
「馬鹿にしてやしないか?」
 多少むっとしたように言い返してくるフェルスは素直に謝った。そして間髪入れずに、左手に力を集めトリガーを引くと同時に一気に解放する。集まってきていた餓鬼10体以上が一瞬にして消え去る。
「パーティーの続きといくわよっ」
 その言葉に合わせて、フェルスも餓鬼を始末して行く。
「暗き行く手を切り裂くものよ、黎明を告げるものよ、刃となりて我が面前を駆け抜けよ。行っけぇっっ」
 言葉と同時に放った封魔風刃がいとも簡単に餓鬼の体を切り裂く。
 グエエエエエェェェっ!
 断末魔の声があちらこちらであがる。その死体の山の中に何の躊躇もなく足を踏み入れ、まだ息が残っているものを手に持った銀のナイフで片づけて行く。
人族とはまた違う、紫がかった赤い血を全身に浴びながら己の背後に死体の山を築きあげるその様は10代の少女とはとても思えない。
 フェルスはというと、片手だけで軽々と餓鬼を始末していた。一見、ただ餓鬼の体に手を触れさせているようにしか見えないが、触れられた餓鬼達はその次の瞬間には悲鳴も上げずに絶命している。
 だが、どこからともなく湧いてくる餓鬼達の数はいっこうに減らない。
「ああ、もう、きりがないっ。これだから馬鹿な餓鬼は始末が悪いのよ」
 餓鬼は極端に知能が低い。その為自らの危険を察知する事も出来ないのだ。勿論、人語を解する事すら出来ない。彼らは純粋に己の食欲を満たすために人を、或いは己の同胞である餓鬼や魔族をすら襲うのである。
「なあ、ここは……」
「ん〜、そうね」
 フェルスの言葉に相づちを打つと、同時に反対方向に走り出す。
 そう、こういう場合は逃げるに限る。メインディッシュの魔族の元へたどり着いていないのに、あそこであの餓鬼全てを相手にしていたら体力が持たない。しかもこの先にどれだけの敵がいるかも分かっていない以上、無駄に魔力を浪費したくはなかった。

 
 マリアはしばらく走った後、あたりに餓鬼がいなくなった事を確認してから立ち止まった。
 周囲のほとんどの木々は枯れており、至る所にどす黒く変色し、折り重なって倒れている。僅かながらに残った木々もその一歩手前、というところだ。傾き掛かった幹には緑の葉など一切付いていない。
「再生には骨が折れるでしょうね。これだけの森を元に戻すのにはエリーナか、ヘタしたらローディッヒが出向かなきゃならないわね。・・・放置して自然回復を待つっていう手もあるにはあるけど」
 マリアは無茶苦茶に逃げていたわけではない。上手く餓鬼達を巻きながら、確実に魔力の気配が強くなっている方角へと気配を殺しながら来たのだ。己の魔力を抑えようとは欠片も思っていないとみえて、その方角を探すのは簡単だった。何故気配を殺して無駄な気力を使ったかと言えば真っ向からやりあうよりは奇襲の方が勝算があると踏んだからだ。
 そして。
 やせ細った木々の間から、灰色の岩肌が覗いていた。どうやら洞窟のようになっているらしい。
 多分そこがこの事件の元凶である魔族の住処なのだろう。
「手に負える程度のヤツである事を祈るしかないわね」
 そう呟いてから、念のために背後を確認する。
 やはりフェルスとは完璧にはぐれてしまったようだ。
 その方がマリアにしてみれば仕事がはかどるので嬉しいくらいなのだが、餓鬼が全く姿を見せないところからすると大半の者がフェルスの後を追ったのだろう。少し気の毒な事をしてしまった気がする。
「ま。いいか」


「もういいか」
 マリアの気配が去ったのを確認してから、静かに足を止める。
 低脳な下級の餓鬼達は気づいてなかっただろう。マリアと離れてからフェルスが一度も足音をたてていない事に。
 無論、この様な山の中で足音をたてずに歩くなど不可能に近い。
 だがそれをフェルスは造作もなくやってのけた。しかも走りながら。
 ゆっくりと後ろを振り向くと、フェルスの狙い通り大半の餓鬼が彼の後追ってきていた。立ち止まったフェルスに、これは幸運とばかりに勢いよく何匹もの餓鬼が飛びかかり――――――。
 その体に触れる前に、霧散した。
 僅かな肉片すら残さずに。
「……雑魚が。本来ならば私の姿を見る事さえ許されない低級妖族の身で」
 フェルスの指先から紫煙の揺らめきが集まってゆく。
 そしてそれを軽く餓鬼達に投げつけただけでその場にいた全ての餓鬼達の姿はかききえた。自分が死んだ事にさえ気づかなかっただろう。
「………」
 静かに背後を見やり、
「いい加減にでてこい」
 彼がそう言うやいなや、とても人が隠れる事など出来ないような細い木の後ろから声が聞こえてきた。
「やっぱりばれていたんですか?」
「当たり前だ。私をなんだと思っている?」
「敬愛すべき我が主君だと」
「疑わしいものだな。いいから姿を見せろ」
 フェルスがそう言うと木陰から人影が現れた。
「それにしてもあなたが彼女と接触しているとは思いませんでしたよ」
「気が変わったのさ」
 そう言うと、フェルスは少し考え込むような仕草をしてからぼそりと呟いた。
「そんなにベタなのか?」
「は?」
「いや、何でもない」



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