眠りの森の魔王様 第一章 - 8
  



 マリアが疲れ切った顔で森から出てくるとそこにはエリックが待っていた。
「お疲れさまです。さすがあのマリアさんですね」
 ………。
 マリアは無言で自分の横に立っている銀髪の男を見つめ、エリックに視線を合わせると、
「やっぱり、あんた達ツーカーだったわけ?」
 フェルスの封印を解いたときにある程度のことは予想がついていた。エリックのくれた地図がとぎれたところで、運良く道案内人に会えるなど話が出来すぎている。
「ええ、まあ」
「なんで魔族が平然と教会内にいるのよ?」
 口に出してから愚問だったと気づく。仮にも魔界の王と平然顔を合わせられるほどの魔族だ。その力は強大なはず。そしてここまで上手く己の魔力の気配を消し、魔力を持った人族程度の気配に抑えられるのならば教会内に潜り込む事も不可能ではないはずだ。
「教会は一体どういう仕事をしてるのかしら」
「心配なさらなくても皆様一生懸命やっておられますよ?今回の件は私が相手だったということで仕方ないと思っていただけませんか?」
 本当にいい性格をしている。マリアは半分あきれ顔で、
「あたしも、教会内の人物だからって油断してたから人のこと言えないんだけどね。って、そう言えば何であんたから魔力の気配がしなかったの?」
 側にたつフェルスを改めて眺め、気配を確認する。どうやればここまで、と思うほど上手く魔力の気配を隠してはいるが僅かに感じ取れる。森の中では全く感じなかったというのに。
「あれは単なる幻影ですからね」
 答えたのはフェルスではなくエリック。
「あの封印石は強力なものでしたが、フェルス様の魔力を全て封じ込めることが出来なかったようで、封印石から漏れた魔力をお使いになって空間に幻影を投じ意識をそちらに移しておられたのです」
「そういえばそんな事をいってたわね。なんかセコイ気がしないでもないけど」
「私からは何とも」
 完璧にフェルスを蚊帳の外に置き、マリアとエリックで会話を進める。
「エリックはこれからどうするの?」
「このまま教会に居ようかと思っています。フェルス様も人界に留まるようですし。できれば王都で勤めたいんですが」
「心配しないでも、今回の通報を行った事を評価してすぐに本部からお誘いが来るわよ。でも余計なことはしないでね」
「わたしは、フェルス様の側近ですので、フェルス様が意図しないことをする気は毛頭ありませんよ」
「ようするに、あたしがこいつの手綱をひいときゃいいって訳ね」

「お前達はそんなに早死にしたいのか……?」
 低い声でフェルスが呟く。マリアはその言葉を思いっきり無視して、
「さっさと帰るわよ。じゃあ、エリックのことは言っておくから」


「で、あの男は何なんだ?」
 無表情のまま、視線だけで不機嫌を示しながらエドアルドがマリアに問う。
「あたしが変な魔族を倒したときに、そいつが持ってた封印石が壊れて中から出てきたの」
「で?」
 さすがのマリアも言葉に詰まる。
「だ〜か〜らっっ!確かに魔族だけど。なんか記憶無いみたいだし、面倒みてあげないとかわいそうじゃない!?それに魔族と契約を結ぶなんて今でこそやってないだけで、昔は結構やってたんだし」
「……そんな理由か?お前がそれほど心優しい奴だとは知らなかったがな」
「エドアルドが知らなかっただけじゃないの?」
 マリアも負けずにそう反論する。
 何とかしてごまかさなければ。魔王の封印を解いてしまったなんて事をこいつに知られたら、自分の明日は保証できなくなるだろう。
「あっ、もう時間だから。あとはヨロシク!」
 身を翻して、ドアの方に駆けよる。
「光の連珠」
 エドアルドのつぶやきと同時に、マリアが向かっていたドアに光が絡みつき、数秒後にはドア全体を覆っていた。
「………。まだ何か訊きたいことがあるわけ?」
「おおいにある」
 椅子から立ち上がり、マリアの方へと近づいてくる。
「お前は、その封印石が魔王を封じたものかも知れないとは考えなかったのか?」
 かなりヤバイかも知れない。
「ンな事言ったて、自分の身を守ることで精一杯だったのよ、そんなこと考えている暇無いに決まってるじゃない。それに魔王じゃないみたいだし」
 天使様。聖天使様。御高き空の彼方より私をお守り下さいませ。これは決して苦しい時の天使頼み等といった安っぽい信仰心ではありませんのでっ! 心の声でそう言いながらエドアルドの目をじっと見つめる。
 しばらくその間で両者のにらみ合いが続いた。目をそらしたのはどちらからだったのだろう。
「……。お前に思考を期待した俺が馬鹿だった」
「なにくそまじめな顔して、無茶苦茶失礼な事言ってるのよ」
「そんなことより、マリア・ウィルヴィッシュ。この礼は今度たっぷりしてもらうからな」
「礼?何の事よ」
「上にこってり絞られるのは誰だと思っているんだ?」
 真顔でそう言われて、さすがにマリアも固まる。
 報告書を提出するのはマリアの役割だ。しかし、出された報告書に目を通し、それらの中から重大事項(今回のマリアの任務は『封魔の森(通称眠りの森)』で起こったため一応重大事項の中にはいるのだ)と思われるものを選び、上層部<セナリス>に提出するのはエドアルドの役割だ。
「あ〜、えっと。頑張って」
「………」
 エドアルドは返事を返さなかったが、その代わりとでも言うようにドアに巻かれていた光の鎖が一瞬にして消えた。
 そのまま部屋を出ていこうとしたマリアにエドアルドが思い出したように告げる。
「マリア、二人がたまには帰ってこいと言っていたぞ」
 マリアはドアに手を伸ばしたまま動作を止めると、振り向きながら
「エドもでしょう?こっちにも手紙来てたよ」
 そう言うと、部屋から出ていった。
 エドアルドは再び席に着くと、先程視線を合わせたときのマリアを思い出しながら苦々しげに呟いた。
「だから心配なんだ……」



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