眠りの森の魔王様 第二章 - 1
  



「以上?」
「以上だ」
 きっと彼は自分が何を言おうとしているなど予想済みだろう。それでも彼の表情は全く変わらない。そもそもマリアは彼が人前でその端正な顔に感情というものを露わにするのをほとんど見たことがなかった。
ぬばたまの黒髪が彩るその顔はお世辞にも親しみを覚える類のものではない。どちらかというと冷たい印象を受ける。
そこがまたいいという女達もいるのではあるが。
「不服そうだな」
 珍しく彼の方から口を開いた。その瞳の中に何処か楽しそうな色が宿っていることにマリアは気づいたのだろうか。
「深いご理解、感謝するわ」
「感謝しているのならさっさと任務に就け」
「嫌と言ったら?」
「これは命令だ。任務に関する質問のみ聴いてやる」
「ええ、十分任務に関する質問ですとも。何で、またあたしなわけ?」
「適当だと思われる人材を当てただけだが」
「過大評価ありがとう、なんて言うとでも思ってるの」
「思わないな。いいか、これは決定事項だ」
「あのねえ、第3部隊のミリィなんて2ヶ月間、ずっと本部での説経だけだったって言ってたんだけど」
「出来もしないことを言うな」
 そう、マリアは説経の文句なんて欠片も覚えていない。訓練所の卒業試験には教典の内容理解も含まれており、マリアはそれをかなり優秀な成績でクリアしたのだが、試験を受けた次の日にはすっかり頭から飛んでいた。つまり一夜漬けとはそういうものなのだろう。
「だけど、前の任務が終わってから二日しかたってないのよ?」
「フェルスがいるだろう。アイツのお陰でお前の任務はかなり遂行しやすくなったはずだ」
「その分、面倒事を割り当ててるじゃない」
「………。なら、お前はこう言って欲しいのか?上がお前に封魔の森での失態の尻ぬぐいのためにくれた任務だと」
 



「今日はいつもよりずいぶんと短いね」
「マリアの基準なら、でしょう」
「………。それはそうとあの魔族は何処へ行ったんだろうね?」
「さあ。でもかなりのいい男よね。マリアの契約者じゃなかったら私がもらってあげたいくらい」
「それだけなんですか?」
「どういう意味?」
「私は魔族を危険視しなくていいのかと言うことを……」
「ホント、頭の固いヤツよね。マリオって。ンな事より、さっき任地変更者のリスト届いてたわよ?」
「っ。それもっと早く言ってくださいよっっっ!!!」
「ま、頑張って」
 エドアルドの部屋と中庭を挟んで真向かいにある第1実行部隊の待機室からマリアとエドアルドの様子をうかがっていたエリーナはマリオを追い払うと1人軽く息を付いた。
「マリアもいい気なものよね。さすがに同情したくなるわよ。………私も人のこと言える立場じゃないけどね」
 
.


『本部第1実行部隊待機室』そう書かれたプレートが掛けられたドアを開けると濃い茶色の髪の少女が悠然とそこに立っていた。
「さっさと支度してよね」
「もしかして、今回の任務、エリーナと組むの?」
「聞いてなかったわけ?」
「………。やっぱ引き受けるんじゃなかった」
「どういう意味よ」
「別に。準備するからどいてくんない?」
 意外とあっさり引き下がったエリーナの横を通り、保管庫へと向かう。
 予備の銃弾を一袋と、魔石をいくつか、そして前回の任務の最中に欠けてしまった短剣の代わりを2つ。
 片方を軽く握り、勢いよく保管庫と待機室を隔てている扉へ向かって投げつけた。
 驚いたのは保管庫へと入ってこようとしていたマリオだ。何しろ、扉を開けた瞬間に短剣が飛んできたのだから。
 マリアの投げた剣は、丁度マリオの目の高さほどの所をかすめ、木製のドアの縁に突き刺さる。
「何やってるんですかっっっ!!」
「ごめん。入ってくると思わなかったから。それはそうと、これ、新製品?」
 話題を変えようと、もう片方の短剣を顔の傍で振りながらそう尋ねる。
「よく分かりますね。重さは変わってないはずなんですけど」
「ん〜?なんか肌触りが」
「開発部の自信作だそうです。ミスリルとかいう新素材が使われています。」
「ミスリル(破邪の銀)?」
「はい。その名に相応しく、魔族に対しては通常の銀よりも数倍の威力があり、強度耐久性共に以前のものとは比較にならないそうです。勿論、魔力そのものに対してはなんら影響は与えませんから・・・・って、話が逸れたじゃないですかっっ!保管庫内での武器の使用は禁止だと何回も……」
 ようやく本題に入ろうとするが、
「はいはい。もう何十回も聞いたわよ」
 マリアは、袋に入れてひとまとめにした武器を持ち、ひらひらと手を振りながら出ていった。引き留めようにも、まずは補充のために持ってきた薬品が詰まった箱を何処かにおいてからでないと、体力に自身があるとはいえないマリオは身動きが取れない。
 そうこうしているうちに、マリアの姿は待機室から消えていた。
 やれやれと思いながら、棚の上に運んできた荷物を置き、体が自由になったところで先程の光景が脳裏に過ぎる。
「ナイフの軌道が空中で変わった・・・?」
 あの少女の反射神経と魔力の制御力は一体どれほどのものだというのだろう。ナイフは間違いなく自分の左目に向かって直進していたというのに。



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