眠りの森の魔王様 第二章 - 3
  



 大陸には鉄道が縦横無尽に通っている。それこそ、鉄道のせいで海路が廃れたと言われるほどに。
石炭という新たな地下資源の発見とその有効利用のために考案された革新的な新技術、つまり蒸気機関は人々に新たな交通手段を与えた。
それまで長距離移動の主な交通手段だった馬車と船は瞬く間にその活躍の場を奪われた。とくに後者はその衰退が顕著だった。
かわって花形となった鉄道は大陸の各地で歓迎され、路線が増やされるとますます利便性を向上させた。今では大陸最北端の都市から王都まで一週間程で行けてしまうのである。
 だが今、マリア達はお世辞にも乗り心地の良いとは言えない馬車に揺られていた。
 その理由は簡単だ。
 今回、マリア達の任務先と指定された場所、そこが大陸でも東に位置するあまりにも小さな街だったからだ。
 いくら鉄道の路線が増えたといっても、線路をひくには莫大な資金が必要であり、採算に見合わない線路をひくほど国は馬鹿ではない。
 つまり、人口も少なく、訪れる者も滅多にいない小さな街に鉄道が通っているはずもなかったのだ。
 王都からその街に一番近い駅までマリア、エリーナ、フェルスの3人は鉄道を使ってきた。教会の権限で一等車に乗った3人は、広々としたコンパートメントを独占し車窓からの眺めを楽しみながら優雅な汽車の旅を楽しんだのだ。
 しかし降りた駅で3人を待っていたのは1人の聖士と古ぼけた駅馬車だった。
 硬い木の板で作られた座席はお世辞にも座り心地のいいものではなく、30分と経たないうちに既に腰が痛くなっていた。
  

「要するに、ハルア・シュリズって男を捜せって事なんでしょ?」
「そう」
 エリーナの問いに答えるとマリアは明らかに納得がいかないという顔をしたエリーナと視線を合わせ、肩を竦めた。
「たった1人、この男を捜すために私とマリアが出向くなんて」
 エリーナの言葉にはそれなりの理由がある。
 何故ならば、マリアは教会内でも随一の力を誇ると言っても差し支えようがない負の力を持った聖士であり、エリーナもまた相応の正の力を持っていなければ無理だとされる治癒の術を使える数少ない聖士だからだ。つまりは2人とも教会の実行部隊における最エリートなのである。
 マリアとエリーナが組まされるのはこれが始めてのことではないが、たった1人の人物の捜索にかり出されたことはなかった。
「・・・あんた書類ちゃんと読んでるの?」
 マリアの冷ややかな声がエリーナに向かって発せられる。
「どういう意味よ?」
「後で話すわ」
 そこの坊やがいなくなってから。
 そう目で告げるとエリーナもこの場でそれ以上のことを突っ込んでこようとはしなかった。
 二人の前には1人の青年と言って差し支えないだろう年齢の男が座っていた。確か名前をジルトと言ったか。
 駅で3人を待っていてくれた聖士である。
彼は問題が起こった村とその周辺を監督下においている支部の聖士であり、直接原因を作った東支部の聖士ではなかった。
どことなく居心地が悪そうである。
「お話に水を差して悪いんですが、その………」
 声をかけた途端に二人にまともに見つめられジルトは顔を染めた。
 その反応も無理ないかもしれない。
 往々にして忘れられがちであるが、マリアとエリーナは王都にその人ありと知られる教会の最精鋭。末端の支部に割り振られた聖士にしてみれば、憧憬と賞賛の的なのである。
ジルトの反応を一概に責めることは出来ない。
「なに?」
 言いよどむジルトを促したのはエリーナだ。
「実に言いにくいことなんですが……」
 自分の隣に座る銀髪の男をみながら、言葉を選び慎重に話を切り出す。
「……こちらの方は本当に信頼できるんですね?」
「ああ、その事。大丈夫、ちゃんと味方よ」
 そう言いながらマリアは目の前で足を組み悠々と座っている男を軽く蹴った。
 あんたも何か言いなさいよ、と言う意味である。
「契約者だからな」
「・・・はぁ」
 そういわれてジルトは生返事を返すしかない。
 ジルトにとって魔族との契約などは悪印象が先行するばかりで、実際には当事者間にどのような結びつきが生まれるかなど分からないのだ。契約者だから、という理由で信用できるとは本心全く思っていない。
 明らかに納得がいっていないジルドの様子を見て、マリアは内心ため息をつく。
 しかしそれが仕方の無いことだというのも理解していた。
 ジルトの反応はごくごく一般的なものなのだ。
 『イジュレーンの悪夢』以来、教会関係者に埋め込まれた魔族との契約に対する嫌悪はその事件そのものの真相が伝えられることがなくなっても根強く残っている。
 タブー視されるようになった契約や契約の成果などを知識として学ぶことすらが忌避されるようになり、結果として正確な知識を持たないまま忌避されているからという理由だけで契約を忌避するようになる。
 そうなってしまえば悪循環はもうほとんど止めようがない。
 止めるための最も効果的な方法は契約に関する正確な知識を相手に知ってもらうことだが、それだけで簡単に嫌悪感が薄れるわけではない。常識を覆されることを人間は殊の外嫌うのだから。
 それでもマリアは説明をする。
「契約を結んだ当事者は基本的に相手方が望まない行為をすることが出来ないのよ」
 マリアの言葉は嘘ではない。
 嘘ではないが、いたるところに抜け道のある言葉でもあった。
 そのことにジルトは気付かない。
「つまりマリアさんが望まない事はできないと?」
「そう。貴方は私がフェルスに裏切ってほしいと思ってると思う?」
 あでやかに微笑みながらマリアはジルトを見つめる。
「い、いいえっ!! まさか、そんな!」
「でしょう?だからフェルスは私を裏切れない」
 そこまで言われて、ジルトはマリアの意図に気がついた。
 つまりこの少女は自分の事が信じられないのか、と問うているのだ。
 マリアもジルトが自分の意図することに気付いたことを悟っていたが、重ねて問いかける。
「私を信用してもらえるかしら?」
 その言葉にジルトが否と返せるはずがなかった。



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