眠りの森の魔王様 第二章 - 7
  



「これ以上の成果は得られそうもないわね。どうするの?」
「………」
 エリーナの言葉にマリアも同意するしかなかった。

 現在、マリア、エリーナ、フェルスの3人だけがハルアの家の中に残っており、他の者達は皆、家の外で待機していた。
 だが、いくら捜索してもリズから説明された以上のことは分からなかったのだ。
「……こうなったら最終手段よ」
「?」
 マリアの言葉にエリーナとフェルスは意味が分からない、という表情を浮かべた。
 が、マリアの視線に気付きフェルスはマリアが何を意図しているかを悟った。
「こういう時のためにコイツがいるのよ」
 ついにコイツ呼ばわりをされたフェルスは渋面をしてマリアを睨む。
「あんたの子分を使うわけ?」
「そう言うこと。餅は餅屋よ!」
「……餅を食べたことがあるわけ?」
「無いけど……、ってそんなことよりフェルスっ、さっさと済ませてよ」
「コイツ呼ばわりをして挙げ句に命令か?」
「あ・ん・た・がっっ!嫌がるあたしと無理矢理契約結んでその下で働かせて下さいって言ったんでしょーがッ!」
 フェルスの記憶の何処にもそんなことを行った覚えはなかったがここでマリアに逆らおうなどとは思っていない。その科白を聞いて反応したのはむしろエリーナの方だった。
「報告書と色々と違うような気がしないでもないけど、フォンダンのスペシャルケーキとグラールのディナーで手を打ってあげないでもないわよ?」
 エリーナがにっこりと笑いながらマリアを脅した。
「………ケーキだけ」
「なんか今、エドアルドが頭の中で………」
「わかったわよ!」
 これで今月分の給料の10分の1がエリーナの胃の中へと消えてしまうことになった。何しろグラールは王都でも名うての高級料理店。その味は何にも例えようがないほど素晴らしいものなのだが値段もそれに比例して目玉が飛び出るほど高いのだ。その上、フォンダンのスペシャルケーキ?月に一度だけ、限定5個の発売のそのケーキは幻のケーキとまで呼ばれるほどで、それを手にするためには少し高めの代金を払うだけでなく、前日の夜から店の前で待っていないといけないのだ。
 己の失敗に心の中で悪態を付くが、今はその事はひとまず忘れなければならない。本当はフェルスの力は借りたくない、というのがマリアの本心である。人前ならばなおさら。しかし、手詰まりのこの状況で切り札をいつまでも取っておくわけにはいかない。
「とゆうわけで、フェルスなんとかしなさい!」
 いけ高々とマリアが命ずると、フェルスは何を思ったのやらマリアに向けて手を差し出した。
「何よ?」
「さっきの羊皮紙を」
 いわれるままに先ほど受け取った羊皮紙を取り出し、フェルスに手渡す。受け取った羊皮紙に手を翳したフェルスはマリアですら感知できなかった僅かな魔力の残り香のようなものを確かに感じた。
「刻まれしものよ、汝が面影を今一度映せ」
 短い魔語による詠唱はマリアとエリーナの耳に届くことはなかったが、フェルスの魔力を乗せた力あるその言葉は羊皮紙の上に輝く紋様を浮かび上がらせた。
「アンタねぇ、これに何かあるって分かってたら何で最初からそうと言わないのよ」
 僅かに怒りを含んだマリアの声がしたが、フェルスは軽くそれをかわす。
「知っての通り、私は気まぐれでね」
 2人の間に一瞬不穏な空気が流れたが、それを押しとどめたのは逼迫した現在の状況とエリーナの存在だった。
「・・・・・・まぁいいわ。それにしても魔術陣とはね」
「お相手は結構な術者みたいじゃない。転移陣よね、これって」
 羊皮紙を覗き込んだエリーナがそう呟く。
「ま、ここでうだうだ言ってても仕方ないわ」
 そう言うとマリアは魔術陣に向かって左手をかざす。その手にほのかな紫の揺らめきが宿ったかと思えば、その揺らめきはゆっくりと陣に向かって吸い込まれていき、やがてマリアが手を退けたとき陣は淡い光を放ちだした。
「いきなりやらないでよ。外の連中への報告もいるのに」
「馬鹿じゃないの?あの連中にいったらまたここからは我々が、とかいって先走るに決まってるじゃない。何処に転移するかは分からないけど、あの連中にはまかせられないわよ」
 かなりキツイ言い方だがマリアの言い分も尤もである。
「それもそーねー」
 いたって緊張感に欠ける声でエリーナが同意を示したとき、転移陣の放つ光が一段と激しくなった。陣が完成したのだ。
「では行きますか」
 そう掛け声を上げるとマリアは自身の横に立っていたフェルスを引っ張ると自分の前に立たせる。
「まさかとは思うけど、危険かもしれない場所にか弱い女の子を先に行かせたりはしないわよね?」
「何処の誰がかよわい女の子、だ?」
「何か仰って?」
 そう言うや否やマリアは陣に向かってフェルスを突く。
 それと同時に自身も光の奔流に飲まれていくのを体で感じる。瞳は瞑ってはいなかったが不思議と眩しさは感じない。
 一瞬にして周囲の空気が変った。
 じとり、という擬音が相応しい湿り気のある空気が体を包んだと感じたときマリア達は当然かもしれないが見たことも無い場所にいた。
 そこは馬車が5台程並走出来そうなほどの幅がある石造りの廊下のような所だった。廊下のような、というのはマリアにはそこが本当に廊下かどうか判断できなかったからである。
少なくとも部屋でないことは間違いない。何故なら部屋というものには四方を区切るための仕切があるものなのだから。いや、仕切は一応あったのだ。天井、床、両側の壁。しかし前後左右を隔てるものは一切無かった。あるかも知れないが見渡す限りその様なものはいっさい見あたらない。
 だからマリアはこの場所を廊下だと感じていた。
 両側の壁の所々に灯がともり、十分とは言わないまでもそれなりの光源となっている。
「………地下道?」
 エリーナがそう呟く。
 言われてみればその表現が一番適当かもしれない。
「どこの地下かが問題だけどね」
 そう言いながらもマリアは何故かここが地下ではないことに理由の無い確信をいだいていた。それと同時に漠然とした焦りも感じていた。脳のどこかが警鐘を鳴らしている、早くこの場所をでろ、と。
 それでもマリアは辺りを見回してからゆっくりと言った。
「今決めないといけないことは1つだけ。前に進むか後ろに進むかって事」
 どこまで続くか分からないこの細長い空間の何処かに仲間や仕掛けてきた敵、又はそれらに関する情報があるのだ。適当に選んでしまえば後々嫌というほど後悔するだろう。
「そうねえ、フェルスは何も分からないわけ?」
 エリーナが問うとフェルスはしばらく黙り込み、
「前だ」
と言った。
「その根拠は?」
「………………」
 何も答えないフェルスから視線を外すとマリアとエリーナは前へと歩き始めた。
 だからフェルスは理由を言わなかった。この先から微かに覚えのある魔力の気配がするとは。



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