眠りの森の魔王様 第三章 - 1
  



「ディルグス、マディ、シェイン」
 暗赤色の石壁で囲まれた広間に女の声が響く。
 日光の明るさではない、どこか陰のある明るさが広間を照らしてはいるがその光源らしき物は全くみあたらない。熱を生み出すことの無い冷たいその光は今、たった一人の女だけを照らしていた。
 声の主であり、広間の主でもあるその女は部屋の一段高くなったところに置かれている豪奢な椅子にゆったりと座っている。象牙色の肌に映える深紅のドレスを身に纏い、気だるげに足を組むその姿は色気に満ちていた。
「ここに」
 女の声に少々遅れて、広間に複数名の声が響く。
 いつの間にか、女の前に3人の魔族が跪き頭を垂れていた。
「何なりと、我が君」
「遅いわよ」
「申し訳ございません」
 その言葉で3人は女の虫の居所が悪いことを悟る。しかし悟った所で何かしらの対処の術があるわけでもなく従順に従順を重ねた態度を取り、この場をしのぐのみである。上辺のみの謝罪の言葉をかえす。
「まあいい。早速だが人界へ赴いてきてもらうわ」
 剣呑な響きで告げられた命令は同様に剣呑なものであった。
「人界でございますか?」
「そう。人界へ行き王をお救いしなさい」
 その命に3人の魔族達は息を呑む。
「では、王が人族と契約を結ばれたというのは事実なのですか?」
「ええ、紛れもない事実」
「王のご意向はいずれに?」
 その質問の女は薄く笑むことで答える。
 絶句した3人を尻目に女はゆるりと席を立つと3人も許へと歩み寄る。
「お前達とて、王が人界に留まる事を快くは思っていないはず」
 違う?と目で問いかけながらその女は体を翻し、三人に背を向ける。
「お前達は我等が王をお救いするの、ご乱心なされた王を、ね」
 その言葉には有無を言わせぬ力がある。反駁することも、同意することも出来ずにただ三人は沈黙を守る以外術はない。しかし、主からの命は絶対。従う以外に彼らに許された道はないのである。
「具体的には何をすればよろしいのでしょうか」
「王の契約者である女を我が下へ連れて来なさい」
「おまかせ下さい」
「多少手荒にしてもいいけれど、生かしたままが条件よ」
 いまだ背を向けたままの主は肝心なことを言わない。しばらく待ってみるが、一向にいう様子を見せないため彼、シェインは自分から聞くことにする。
「して、その者の名は?」
「名?あんな小娘に名など必要なかろう!」
 何故主はこんなにも怒っているのだろうか。彼の知る限り、彼女は王とそれほどの懇意ではなかったはずである。勿論、主従関係に基づくそれなりの親交はあっただろうし、四公の一員として王のいない魔界に不安もあるだろう。だが、それだけの理由で彼女がここまで感情を露にするはずがない。
 彼女は短気だが、基本的に淡白で興味があるもの以外には驚く程あっさりとしている。逆に自分の興味があるものに対しては驚く程感情的になりやすく、執着もする。しかし、彼女にとって王は間違いなく前者に分類されるはずだ。
「よろしければ我が君がそれほどまでにお怒りの理由をお聞かせください」
「理由?」
 そう一言いうと女は再び3人に向き合い、頬にかかった髪をゆっくりとかき上げた。
「理由ねぇ。・・・・・・あの小娘はね、王をたぶらかしただけでは飽き足らず、こともあろうに私のレムズスにまで手をだしたのよ」
 ここにきてシェインはやっとい彼女の怒りの理由を察した。彼女の中での優先順位をつけれならば一番は確実にレムズスであり、その次もレムズス。100番位になってやっとレムズス以外の名があがるという具合だ。
 これ以上きいたところで火に油を注ぐだけだと判断したシェインは女の名前を知ることを諦めた。
「・・・確かに承りました。」
 3人は一礼の後にその場から一斉に姿を消した。
 もしこの場にある二人の魔族がいれば女の言い分が完璧なる思いこみであることを忠告できたかも知れない。しかし、生憎その場に二人はおらず、女に忠誠を誓った3人が女の命令に背けるはずがなかったのだ。



 
「………ひま」
 聖教徒会本部第一実行部隊、つまるところ教会の最エリートが集まる部署の待機室でマリアはそう呟いた。
 背中に流された長い亜麻色の髪に琥珀色の瞳。身長は現在椅子に座っているためによく分からないが、どちらかと言えば高い部類にはいるだろう。
 史上最年少で特1級の称号を得た聖教徒会でも最強といいっていいほどの力を誇る聖士にはとても見えない。
「ひま、ねえ。ここのところ色々とあったからそう感じてるだけじゃない?」
 マリアの隣に腰掛けたエリーナがそう言う。
 たしかに、フェルスを契約者としてからの約2月ほど、マリアはそれまでの倍以上に忙しかった。フェルスという使える駒を手に入れたマリアを聖会が放置するはずもなく、理不尽なまでに多い任務をマリアに与えたからである。
 しかしここ最近はそれほど大きな事件も起こっておらず、マリアが動くこともなかった。
 基本的に、本部というのは教会内でも特殊な機関である。その理由として固定の任務地がないということが1つある。王都に集結する精鋭達の主たる任務は事件が発生した際にその地へ赴き事件解決を目指すことである。それも地方の要請によって派遣されるため、要請が無ければ基本的に動くことは無い。つまり本部の待機室で座っていることになる。
定期的に地方巡回の任務も回ってくるがマリアは眠りの森へ赴く直前にその任務を終えたばかりであり、次の彼女の番はかなり先である。王都警護ための見回りなどは任務と呼べるかさえ甚だ疑問である。
「あ〜、体が腐っていきそう」
「休暇でも取って、ご両親にでもあってきたら。あんた全然帰ってないでしょ」
「嫌。メンドクサイ」
「親不孝者め」
「帰った欲しけりゃ子供の前でイチャつくのをやめろっての。みてるこっちが恥ずかしい」
 そういってからマリアは胸中で万年青春バカップルがと毒づく。
「訓練にでもいったらどうですか」
 突如として掛けられた言葉にマリアが振り向くと、そこにはエリックが紅茶を片手に立っていた。
「訓練、ねえ。そう言えば最近行ってないな」
 マリアはそう言うと、椅子から立ち上がりエリックを見た。その目は何処か挑戦的に光っている。
「1人で訓練してもねぇ。エリックが相手してくれるってのなら話は別だけど」
 その言葉に反応したのは問われたエリック本人だけではなかった。エリーナや部屋にいた数人の聖士達も軽く目を見張って2人を見つめる。
「私でよければ喜んでお相手させていただきますよ。その代わり、お手柔らかにお願いします」
 暇を持て余していた聖士たちにしてみれば願っても無い見物である。部屋の外へと向かう2人同様に彼らの足がドアへと向かうことを誰が責められただろうか。



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