眠りの森の魔王様 第三章-5
  



 フェルスの言葉をエドアルドはどう取っていいのか分からなかった。そもそもこの魔族が敵か味方かさえ分からないのだ。その言葉が罠でないとどうしていえるだろうか。
 フェルスを見つめたまエドアルドは沈黙する。
「疑っているな?」
「当たり前だ。誰が敵の言葉を易々と信じるか」
 険をはらんだ声でそう応じる。しかしフェルスは表情1つ変えない。
「1つ言っておこう」
「何だ」
「今回の件は配下の者の独断で行われたこと。私はマリアに危害を加える意思も無ければ、お前達と敵対するつもりもない」
 その言葉を信じてもらいたければその言葉に値する証拠を見せろ、そう言いかけてエドアルドは止めた。彼とフェルスは対等な立場で話しているわけではない。不利なのはこちらという状況は何ら変わっていないのだ。
 自分が彼の言葉を信じようが信じまいが、彼にとっては大した意味を持たないだろう。自分が信じなければ彼はあっさりと退く。それだけのことだ。
「・・・・・・いいだろう。お前の質問とは何だ」
 沈黙の後に出したエドアルドの答えにフェルスは満足気に笑った。その事がエドアルドの癇に障ったことは言うまでもない。
「良い選択だな。・・・・・・だが何故一介の聖士にお前がそこまで気を揉むのかは理解できないが」
「理解してもらう必要も無いことだ」
「そうか。では本題に入ろう。私が訊きたいのは他でもないマリアのことだ」
「もう少し具体的な質問にしてくれないか」
 マリアの事、と一口に言われてもこの魔族がマリアのどの情報を必要としているのかが分からない。また、必要以上の情報を与えて自ら手札を減らすわけにはいかなった。
「マリアの生い立ち、と言えば答えてもらえるか?」
 薄々予想はついていたその質問にエドアルドは答えなかった。その代わり新たな問いをフェルスに向ける。
「では別の選択肢とは何だ」
「抜け目が無いな」
 フェルスはそこで一旦言葉を切ってから言葉を続ける。
「お前を私と共に魔界へ連れて行ってやろう。信用できない魔族に託すより、己が動いた方が安心だろう?」
 願ってもない好条件である。己の手札の少なさとフェルスの余裕を比べて苛立ちが胸に募るが、その苛立ちを押し隠してエドアルドは口を開いた。
「マリア・ウィルビッシュの生家は大陸西部のグラニール地方。薬商を営むウィルビッシュ夫妻の一人娘だ。7歳の時に本部の訓練所に入所。15歳で訓練課程を修了して第一実行部隊への入隊を許可されている」
 淡々と語った内容は教会の人事部に保管されている資料に何ら違う所はない。しかし、フェルスがそんな上っ面だけの情報を欲するわけがなかった。
「それで?」
 フェルスは暗に本当の事を告げろ、と急かす。
 僅かな逡巡の後に嘆息をしたエドアルドは口を開いた。
「先程、何故一介の聖士に私がここまで気を揉むのかと訊いたな。その答えはマリアが私の妹だからだ」
「お前は王族の一員と聞いているが」
「その通りだ」
「何故、王族に魔界の力を持つ者が生まれる?」
 王族は聖女フィルナージュの系譜。彼女は絶大なまでの天界の力を有しており、それゆえに天人、教会の呼び方で言えば聖天使アルヴィーグの加護を受けたとされる。
 王族あるいは王家に近しい貴族の者が魔力、それも天界の力をもって生まれてくる確立は市井の者よりもはるかに高い。王族に至ってはその全員が天界の力を有している。間違っても魔界の力を有した者が生まれてくるはずがないのだ。加えて言えば、協会の上層部に行けば行くほど位階と教会内の身分が比例しているのも、教会の身分と封建制の身分が一致してくるからである。
 話を戻せば、魔界の力を有したマリアが王族である筈がないのである。フェルスの疑問は尤もなものであった。
「私は血の繋がりがあるといった覚えはない」
 フェルスの問いにエドアルドは静かに答える。
「・・・ならば質問をかえる。妹とはどういう意味だ。法に則った手続きを踏んだ関係なのか」
「ああ」
「よく王家がそれを許したな」
「幼少の頃からマリアの魔力は強大だった。そんな者を市井に放置するのはリスクが高すぎる。だが、私の母ならばマリアの力が暴走した時にそれを封じ込めることが可能だった」
 つまり。道義心からでも何でもなく必要上、マリアを王家に入れたといっているのである。
「一理ある、な。だがそんな事よりマリアの出生について聞かせて欲しい。まさか本当に薬商の娘だとは言わないだろう?」
「それは私も詳しく知らされていない。ただ捨て子だった、と」
「捨て子?随分都合のいい話だな。食い扶持を減らすために殺す目的で捨てられた幼子は偶然にも強大な魔力を有しており偶然にも王家の庇護下におかれた、と」
 フェルスのその言い方がエドアルドの気に障らないはずもなかったが、自身も同じ疑問を抱えていた彼に言い返すことは出来なかった。
「済まないが、私もこれ以上のことは知らない」
「嘘ではないようだな」
「好きなように判断してくれ」
 投げやりにそういったエドアルドに対し、フェルスは相好を崩してみせた。その態度に驚くエドアルドに向かってフェルスは告げる。
「話はここまでだ。約束どおりお前を魔界へ連れて行こう」




 西日が差し込む回廊を彼はゆっくりと歩いていた。余計な装飾は殆どない無機質な廊下はこの城の主の性格をよく表している。しかし、所々に飾られた赤い花は周囲の無機質さゆえに一際引き立っており、同じく主の一種狂気的な執着の強さも表している。
「いつだって面倒事は私に回ってくるのですね」
 金髪が揺れる。
「まあ、今回は私も文句を言えませんね。発端は私にもあるのでしょうし。あの時彼女達が見ていたことに気がついてもいたことですし」
 フェルスやエドアルドより一足先に魔界にやってきていた彼は彼女がいるだろう場所を目指してゆっくりと歩を進める。
「何者っ」
 背後から誰何の声がかけられる。
 どうやら城の中を巡回していた衛兵に見つかったようだ。気配を殺していた彼を見つけたのだ、なかなか優秀な衛兵なのだろう。
 彼は足を止めてその衛兵の方を見やる。
 その瞬間に衛兵の顔色が変わったのが遠目にもはっきりと分かった。
「こっ、これはご無礼申し上げました。どうか平にご容赦くださいませっっ」
「かしこまる必要はありませんよ、あなたは衛兵として当然のことをしただけなのですから。以後も、よろしくお願いしますよ」
 笑みをたたえた顔で彼はそう言い、衛兵に背を向けて歩み始めた。
「はっはい!勿体ないお言葉です」
 衛兵はそう言うと、震える体を押さえながら敬礼して、彼の背中に向けて深く頭を垂れた。



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