眠りの森の魔王様 第四章 - 1
  



 差し出された紙片をマジマジと見つめてみる。見るからに上質な白いその紙は長方形をとり、四隅には植物を絡み合わせた文様が浮き彫りにされている。
 宛名も何も書かれていないがそれは正しく封筒であった。
「ナニコレ」
 白く長い指がやけに目に付く、と全く関係のない事を考えながらマリアは不機嫌そうにそう言った。
 封筒の中身が何なのか、おおよその検討はついている。それでもなおそう問うたのは暗に拒否の姿勢を相手に示すためだった。
「手紙だ」
 分かり切った事をきくなと言わんばかりの声である。言葉と同時に一層それを突き出されればマリアも受けとらざるを得ない。
 しぶしぶ手を伸ばし、裏返してみれば真っ赤な封蝋が目に飛び込んで来る。血を思わせるその蝋にはくっきりと紋章が押されていた。
 剣を抱く乙女。
 見紛うはずもない、王国の紋章だ。が、その紋章の剣には蔦がしっかりと絡み付いていた。この紋章を使うことが出来る者はこの国に1人だけ。
 眼前の卓上にあったペーパーナイフを勝手に手に取ると、一気に封を開く。と、甘く清々しい芳香が溢れ出す。
「王家の花…ね」
 フィルナと呼ばれる花の香りだった。またの名を王家の花、聖女の花とも言う。建国際が行われるこの季節に王都にだけ咲く白い花だ。野薔薇の一種ではあるが薔薇といわれて多くの人が想像するような派手さはなく、むしろ茂みに紛れてひっそりと咲く素朴な花である。しかしその芳香たるや他の花々が恥じ入るほどに芳しいものだった。
 その香りを纏って封筒の中から姿を見せたのは一枚のカード。


『マリアちゃんへ
元気にしていますか?私もヨアンも元気です。3日後には王都につく予定です。アリアーナ』


「5歳の子供でも書ける手紙だわ」
 文字だけは格調高く美しいにも関わらず、その実中身が一切ない手紙をマリアは憚る事なくそう言い切った。
 と言うより、手紙の意図が一切分からない時点で手紙と呼ぶ事すらおこがましいのかもしれない。
「あの人に何を期待しているんだ」
 対面する男、エドアルドは何を今更といった風にばっさりと切り捨てる。
「……何気にあたしより酷いこと言わなかった?」
「気のせいだ。それにしても毎年毎年、粘るなお前も」
 呆れ果てた声でエドアルドが言う。
 なんということはない、二人のこのやり取りは毎年行われているものなのだ。
「嫌なものは嫌なの!」
「強情だぞ。今年は例年のようにはいかないんだ」
「ケイルのこと?あたしには関係ないでしょ」
 マリアのその台詞にエドアルドは溜め息を漏らした。しかもとびきり深いヤツである。
「仮にも王太子だぞ、アレは」
「まだ違うでしょーが!」
 その仮にも王太子をアレ呼ばわりしているあんたにも問題があるわよ、と内心でぼやきながらマリアは反論する。
「やめた、お前と話すと話がいつも逸れる。第一、これは母上の決定だ。立太子の儀には王族全員の参加が慣例、例外は許されない」
「………存在そのものが例外の私に今更何を」
 思わず本音が口をつぎ、はっとしてマリアはエドアルドをみた。一瞬彼の表情が凍ったような気もしたがそれは気のせいだったのか、エドアルドはあからさまに顔をしかめため息をつくと何ら変わらぬ声音で口を開いた。
「規格外がこれ以上規格外になってどうする気だ。尤もお前がちゃんと当てはまる規格なんて存在するかどうかも疑問だがな」
 その言葉に言い返す気もおきず、マリアはエドアルドに背を向けると扉へと足を向けた。今回ばかりはどれ程足掻いたところで無駄なのだと感じたからである。
「一旦屋敷に帰って準備をしておけ。休暇申請は私がしておこう」
「そりゃどーも」
 肩越しに指に挟んだカードをひらひらと振って挨拶すると扉を開けて廊下へ出る。
 そこでふとそこが見慣れぬ景色であることに気付き、ここが寮のエドアルドの部屋であった事を思い出した。執務室と全く変わらない無機質な部屋であったためその事を失念していたのだ。
「仕事の虫ってのはアイツのことよねー」
 小さくぼやいてから自分の寮へと足を向ける。
 道々考えるのは建国際とそれにあわせて行われる立太子の儀のことである。今回ばかりはとんずらした所で見逃してもらえそうにない。嫌でも立太子の儀が執り行われる王宮に出向かなくてはいけないだろう。
「そーいや、フェルスどうしよ」
 流石に魔王を王宮に連れて行けるほどマリアもお気楽者ではなかった。エドアルドもフェルスに関する報告を聖女際の後までは保留すると言っていたのだから、わざわざ墓穴を掘るようなマネは避けるに越したことはない。そうとなれば取りうる手段は一つしかない。
「留守番決定」



無断転載・二次利用厳禁
Copyright(C) 2004 and beyond Kyoya. All rights reserved.