].The atonement of his sins
  



「話すけど、話し終わるまで口をつっこまないでね。ジェイドもだよ?」
「わかったわ」
「いいからはなせ」
 そう返事したローズとジェイドを見てから
「このことはジェイドも知らないし、知っているのは僕とリレグリッツ家の初代の当主だったファーディターシャだけ」
 そこでシグルスは一度だけ言葉を句切り再び話し出す。
「ご存じの通り僕は魔王だ。いや、だった、かな。ジェイドがいったとおり、認めたくはないけどもう相当な歳になるかも知れない」
 あくまでごまかす。
「………あんまりいいたくないけど、歪みを作ったのは僕だ」
 いきなりの言葉にジェイドもローズもさすがに驚く。口を挟み賭けた二人を制すとシグルスは続きを話した。
「意図してやったわけではなかった。ただ、僕には魔王としてやらなければならないことをやった。それだけのことだった。そして僕はそれに失敗してしまった」
 部屋は静まりかえっている。
 聞こえるのは暖炉の炎がはぜる音だけだ。
「その結果、時空には歪みが生じ、僕の力ではどうすることも出来なかった。僕は時空の扉を開いて時空の一部を数百年先の世界へと送ってしまったんだ」
「……それがレトに………?」
「そうさ。僕は僕の世界を救いたかっただけでこの世界を害そうなどとは考えていなかった。僕はその罪に耐えきれず、僕の世界を捨てこの世界へやってきた。そして、偶然、いや必然なのかも知れない、ファーディターシャと出会ったのは」
「それで契約を?」
「交換条件だ。彼は強力な力を欲し、僕は己の罪を償いたかった。僕が彼と契約するかわりに彼は僕に知恵を授けた。歪みを無くし世界を元に戻す方法をね」
「…………だったら、この事って私が命賭けてまで頼む事じゃなかったんじゃない?」
「かもね」
 ローズの額に青筋が浮かんでいる。
「あ・た・し・はっ!この陰険性悪男にあたしの命と引き替えっていう条件で依頼したのよっっ!?それに、何だって父さんが頼みに来たときに引き受けてくれなかったのっ?」
「君の父親?」
「そーよっ!」
「……今までの話をちゃんと聞いてたのかい?」
 呆れかえったようにそう言うシグルス。
「いい?歪みを元に戻せるのは君の弟の気だけ。しかもその気を解放できるのは彼が契約者となったときだけなんだ。言われずとも時が来たら僕は動くつもりだったよ」
 ローズは青筋を浮かべたまま次にジェイドを見る。
「なら、あんたのあれはなんだったのよ!?」
 ジェイドは顔に微笑みを浮かべると、
「誰がお前の弟を助けるときに犠牲がいるといった?」
「だって、花嫁って………」
「俺もシグルスが関わっているなんて今知ったんだ。それにお前の弟の際に使うとは限らないだろう?俺は魔術師なんだ。お前の依頼が無くても召還魔術や犠牲を用する魔術を使うんだ」
「じゃあ、依頼は取り消すわ。いいでしょ?」
「コイツは俺の契約者だ。俺の許可が無ければ動けない」
 意地の悪い笑みを浮かべたジェイドがシグルスを見やる。
「ならアンタが許可すればいいだけの話じゃない」
「そのためには契約続行が条件だ」
 ローズは怒りが頂点に達し、急激に冷えていくのを感じていた。
 意識が冷えてゆく。自分でも顔から表情が消えていくのが分かった。
「そういうのって詐欺っていうのよね」
 口から出た声はあくまで冷静なもの。
「ねえ、ジェイド」
 その様子にシグルスが初めて顔色を変えた。
 ジェイドも似たような顔だ。
「何だ?」
「多分分かっているとは思う……。思うけど………」
「空気がヤバイ、か?」
「その通り」
 シグルスがそう言ったときだった。
 カチャリ、と金属がこすれ合う音がした。
 二人の顔がさらに青ざめる。ローズの右手にある物を見たからだ。
 煌めく銀の刃。
「ねえ、私って結構剣の腕はいいの。これでも、色々と苦労もしてきたつもりだし、色々なところにもいった」
 二人は無言で首を縦に振る。
 『封魔の剣は使用時にだけその本来の力と大きさを取り戻す』
 以前読んだ本にそう書いてあったことをジェイドはようやく思い出していた、
「ふざけるんじゃないわよっ!! 私が! 母さんが! 父さんが! 今までどんな思いをしてきたと思ってるのよ! レトだって!!! ずっと寝たきりで、どれ程つらい思いをしてきたことか! 全部アンタのせいじゃない!!」
 彼女の激昂は当然のものだ。
 両親だって心労と苦労が2人寿命を縮めたことは疑いようも無い。
 それを開き直って言われれば普通誰だって怒るだろう。
 だが、生憎ジェイドとて彼女の怒りを受ける理由など持っていない。
 全ては今は死者となってしまった者達が始めてしまった事。
「お前の怒りは当然かもしれない。だがな、俺とて被害者の1人だ。シグルスが闇王に負ければ俺だって死ぬ。恨むならば契約を結んだ死者を恨め」
「だって、だって!! 全部元はといえば、コイツが、アンタの契約者が悪いんじゃない!!!」
「1200年以上昔の事を今更論(あげつら)って何になる? 過ちはすでになされた。ならばその被害を最小限に防ぐ以外にシグルスに何が出来た?」
「それは・・・っ!」
「お前との契約は俺の命をかけてなされたもの。この件に関して何の非もない俺の、な。ならばお前も命をかけろ」
 その言葉に反論する術をローズは持っていなかった。
 握り締めていた拳から剣が取り落とされ、力を失ったそれは元の大きさへと戻っていく。
 全身から立ち上っていた怒気がうすれ、その体から徐々に力が抜けていく。
 絨毯の上に膝を落とし、行き場の無い怒りを持て余したローズの瞳からは静かに涙が流れていた。
 その姿が見るに忍びなく、ジェイドは小さく呟く。
「時の狭間にありし安らぎの者達よ、その力を欲するものがここにいる。契約を受けし血のもとにその腕(かいな)を伸ばせ」
 その言葉と同時にローズは深い眠りの底へと落ちていった。
「君は本当に口がうまいね」
 床で眠りについたローズをカウチへと運ぶジェイドにシグルスが笑いかける。
「いずれ闇王とのことで命をかけることは、原初の契約に含まれていたはず。違うかい?」
「生憎、1200年前の契約なんて俺に関係ない」
「だけどその契約の恩恵を君は受けているだろう?ならば関係ないはずがない」
「自ら望んだ恩恵ではないさ」





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