V.The girl's talk
  



「使用人の身であつかましいとは思いますが、書庫の本を閲覧させてもらえませんか」
 一日の仕事を全て終えてからローズは思い切ってジェイドに尋ねてみた。勿論、本を読む気などさらさら無い。いや、もし歴史書の類があれば読んでみたいがローズの目的は全く違うところにあった。
「却下だ」
 ローズの方を見向きもせずに即座にそう言いきる。
「何故でしょうか」
「主が駄目だと言ったら使用人は分かりましたとだけ言えばいい」
「お願いします。あたし本が大好きなんです。ちゃんと丁寧に扱うし、書庫の掃除もやります」
「駄目だ。あそこにはとても貴重な魔道書や危険な本が保管されている」
 やっぱりそうだ。ローズは自分の感が正しいであろう事に確証を持った。
「分かりました。厚かましい発言をお許し下さい」
 いかにも残念そうにそう言いながら、心中では万歳三唱だ。
「……。もう下がっていろ」
「失礼いたしました」
 部屋を出るとそこにはキアがいた。キアはローズよりより1つ年上の少女で、同じく、メイドとしてこの屋敷で働いている。
「ローズさんって、恐いもの知らずなのね」
「……。聞いていたの?」
「ええ。こう言っちゃなんだけど、新参者の貴方がウチの気難しい主に頼み事するなんて。無謀もいい所よ?」
「やっぱり?でも、悔いを残したくないからね」
「………やっぱり訳ありなの?」
 興味津々と言った表情でそのそばかすの散った顔をローズに近づける。疑問に思ったのはローズだ。
「やっぱり?」
 するとキアは少し得意げに笑うと、
「あたし、こう見えても、なんて言うか人の事情?みたいなの結構よく当たるんだ」
「じゃあ、私の事情当ててみてよ」
「目的有りと見たわよ。ただのメイドじゃなさそう」
 内心冷や汗を流しながら聞いてみる。
「どうしてそう思うの?」
「どうしてって言われてもなぁ。メイドとしても結構優秀な方だと思うけど、なんかやり慣れてないみたいだし。それにその顔」
「顔?」
「そっ」
 キアはさも当たり前だと言うように深くうなずきながら言葉を続ける。 
「女のあたしが言うのもなんだけどさ、あんたのすごく綺麗な作りしてるよ。灰緑色の目は珍しいし、鼻も筋が通ってバランスも良い。それに、その肌の色。日の下で働いた事なんてない、って言ってるみたいに白くきめ細かい」
 面と向かってそう言われ、ローズはどうやってごまかそうかと思案する。
「口が上手ね。それに肌は母さんが白かったから――――」
 続けようとした言葉はキアによって遮られる。
「ごまかさなくても良いんだから。あたし、あんたのこと気に入ったから味方になったげるよ」
「だから別に味方とかっ」
「あんたが最初の日に来ていた服」
「え?」
 いきなり、関係のないことを言われ思わずそう問い返してしまう。
「あの服、布は確かにあたし達のような庶民にも手が届くぐらいのものだった。それでも、あの布地ならあたしならよそゆき用にする。それよりもあの仕立てはそうそうできるものじゃなかったわよ。タッグも綺麗に取ってたし、裏地や縫い目もしかっりしてた」
 同僚のその言葉にさすがのローズも言葉を失う。そこまでみていたとは。
「女の目って結構鋭いからね」
 鋭いどころじゃなく、恐いわよっっ!ローズは胸中でそう叫んでいた。
「ま、ジェイド様に頼み事があるならば気長に頼んでみれば?」
「あんな性悪に頼んだって聞いてくれないわよ」
 ローズがそう言うと、キアは不思議そうに
「性悪?」
 といぶかしげに首を傾げた。
「そうよ、あれの何処が性悪じゃないって言うのよ。人がすることにいちいち文句付けて」
「そう?確かに少し気難しいけど嫌な主人ではない思うけど。細かいことは余り気になさらないし、ちょっとした失敗なら許してくださるし」
「何処が」
「前に私が勤めていた所では髪の色が気に入らないとお手討ちにされたわよ」
「はっ?」
 髪の色が気に入らない?それだけのこと?
 驚くローズにキアは自身のうす茶色の髪をつまんで
「それを思うとここは天国よ」
 と笑いながら告げた。
 ローズは未だ驚きながらも自分の家のことを考えてみる。
 多少紅茶が冷めていても別に文句を言おうとも思わなかったし、壺を割ってしまったメイドでも許していた。
 ……………ひょっとして自分のウチが変なのだろうか?
「まあ、それは置いといて、なんだってそんなに書庫の中に入りたいわけ?」
「それは………。秘密よ?」
「わかってるって」
「私のお母様のご病気が芳しくなく、医者に見せても匙を投げられたの。でも、禁呪とされる魔術を使えば……。ところが、その魔術の方法が書かれている書物は前皇帝の時代に禁書となり今ではここ、リレグリッツ家に蔵書があるのみ。そう聞いて……」
 大嘘だ。
 伏し目がちにし、多少瞳を潤ませながらそういう表情を作ればこれまでのローズの経験からする年齢性別に関わりなくあっさりとそれを信じてくれるはずだ。
 が。
 いつまで待っても来ないキアの言葉に、これまた僅かに瞳を上げ不安げな色を浮かばせながら顔を上げるとそこには不審気な瞳。
「なっ、何よ」
「そこまで性格が変わられるとなんかこう偽物くさくて……」
 なかなか鋭い。
「母を思う娘の気持ちの何処に嘘偽りがあるっていうのよ?」
「そこを言ってるんじゃない。ま、訳ありって認めたワケよね、さっきの台詞は」
 キアのしてやったりという表情にローズはしまったと思ったが遅かった。
「まあ、出来るだけ協力してあげるから困ったことがあったらいいなさいよ」
 じゃあね、と言いながら去ってゆくキアを見送りながらローズは自分が口車に乗せられやすいことにようやく気づき、ただただ愕然とするだけであった。






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