Y."The flowers of Mileran"
  



 ギギ……ガチャリ
 耳障りな金属音が静まりかえった廊下に響く。
ローズは慎重に扉を押し開けると、書庫の中に入った。
 咄嗟にランプを前に差し出し、そこに人影がないかどうか確かめる。
 が。
 彼女の予想に反してそこには誰もいなかった。静まりかえった書庫の中に整然と巨大な本棚が立ち並ぶだけだ。
 ローズが一歩踏み出すと手に持ったランプの光の輪が揺れる。
「………誰もいないの?」
 返事はなかった。
 少々気抜けしてしまったが、気持ちを引き締め廊下の壁の反対側に当たる壁に並べられた本棚へと歩き出す。
 本棚に入っていたのは古いが手入れの行き届いた読書愛好家ならば頬ずりをしたくなるようなものばかりなのだが、あいにくローズは読書愛好家というわけではない。
 数冊の本を取りだし、その奥に何もないかを確かめる。
 何もない。あるのは本棚の後ろ板だけだ。
 他の場所の本もとり出し確かめる。
「一番怪しいのはここなんだけどなあ」
 徐々に焦燥感に襲われる。
 何故、無い?
 何故、何も見つからない?
「……やっぱり、駄目か……………」
 そう呟き、本棚から視線を外す。
 明かりが届く範囲が狭いので初めは良く分からなかったが書庫の中には本を読むためのスペースもちゃんともうけられているようだった。
 暗闇になれてきた目で辺りを見回すと、部屋の隅や書庫の間に小さな台がおかれその上に置物などが飾られてる。
 まさかと思い、探していた本棚に向き直りその端を見やると………。
 あった。
 暗闇に混じるようにしておかれていたのは木彫りの花。ランプをかざしよく見るとそれは普通の花ではなかった。
 1本の茎に13もの花が付いており、とてもではないが実在する花には見えない。
「ミレラーンの妖華………」
 ローズはその花に見覚えがあった。いや、実際に見たことがあるわけではないので見覚えがあるというのは間違っているかもしれない。
 ローズの家の書庫には代々受け継がれてきた部屋がある。契約者となってしまったものだけが入れる古い書庫が。
 その中に保管されている禁書とされた貴重な本の1つが『愚話集』だった。その中に出てくる魔の力を持ったとされる花。それが「ミレラーンの妖華」。
 自分以外にはそんな話を知る人はいないだろうと思っていたのに。
「………。これに仕掛けが隠されてたりしてくれたりして……」
 ………。
 しばらく迷った後、その木彫りに手を伸ばした。
 「ミレラーンの妖華」は魔王がその魔力と邪な思いとその血を捏ねて作ったとされる想像上の花。災厄の数とされる13の花。その花はあまりに強力な毒性を持っていた。たった1つを除いて。
「たった1つの花びらだけに痕があるはず……」
 十分とは言えない明かりの中でローズは1つ1つの花を丁寧に調べていく。決してその花に触れないようにしながら。
「あった……」
 痕の残ったたった1つの花。
 魔王の強力な魔力をもうち消した少女の涙の痕をもった花。
 ゆっくりとその花に手を伸ばし、痕のある花びらに軽く触れる。
 何も起こらないかのように思えた。だが、変化はローズのすぐ真横で起こっていたのだ。ローズはしばらくの間、起こっている何かに気付かなかった。何故なら書庫は何時までも静寂に満ちていたから。
 ふと目をやると、さっきまで確かに丈高い本棚がそびえていたその場所に周囲よりさらに濃い漆黒の闇が現れていた。
「………普通もっとこう、ギギギとかって音がするものじゃないの?」
 胸に浮かんできた素朴な疑問を素直に口に出してみる。
 ランプを掲げて中の様子を確かめようとしたが、何故かその中は漆黒のままだった。慌ててランプを手元に引き寄せるとちゃんと光の輪が下に落ちる。もう一度、暗闇の中にランプを入れてみるがその闇の中に入った瞬間に光は消えてしまう。
「まあ、見つかればそれでもいいんだけど………」
 一応喜んでみる。
「〜〜〜〜〜よしっっ」
 その闇の中に自分が求めるものがあるのかは分からない。未知というものはやはり人を不安にさせるのだ。恐くないと言えばそれは嘘になる。
 だが、うだうだ言って先送りにしても結局はやらなければならない。
 ローズは意を決してその闇の中に足を踏み入れる。
「え?」
 何という間の抜けた声。
 奇妙な浮遊感が体を襲う。
 足の下になくてはならない床の感触がない。
 ローズは自分の顔が引きつるのが分かった。
「嘘でしょっ?ちょ、まっ、」
 嘘ではない。
 一瞬のうちに体が下へ落ちていくのがはっきりと分かる。
「ねずみとり〜〜〜〜〜っっっ!!?」
 そう叫ぶ意外に彼女に何が出来ただろうか。
 何も出来るはずがなかった。
 そう、その落下に身を任すことを別にすれば。





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